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 ―――熱が、消えない。
 触れられたその日から。唇から。
 体中に渦巻く熱が、消えない。
 その息をつけないほどに荒れ狂う熱量さえも。
(貴女が与えるものならば)
 すべて、この体で受け止める。
「神子殿……」
 声にすることも許されないようなその呟きは、誰に届くともなく、大気と共に夜を巡る。
 この手中にある、壊れた香炉が燻らす梅花の香と共に。



「頼久、本当になにも神子様からお聞きしていないのですねっ!?」
「……はい、申し訳ございません」
 日が昇り、時間は少し流れた。 
 最近頻繁にあかねがおこなう「姿眩まし」にしては、なんの連絡もないまま時間が経ちすぎていた。
 他に心配して集まった天真や詩紋も、同じくその行方は知らずに険しい表情を見せていた。
 本能的なところでなにか不穏な気配を感じているらしい藤姫は、もしやあかねの身になにか起こっているのではないかと落ち着くことなくそわそわと扇をもてあそんでいる。
「神子様、いったいどちらへ…」
(私の姿が、見えないところへ?)
 深く吐き出された吐息は、傍に控えている頼久へと向けられたものではなかった。
 しかし頼久は思う。
 原因は、自分だ
 だから動けなかった。動いてはならないと、必死に己を耐えた。
 一言藤姫が命じれば、何を捨ててでも彼女を探しに行くだろう。
 だが、それは「藤姫の命」という仮面を付けられるからだ。
(私の本心が神子殿の心を抉るのならば)
 己くらいいくらでも奥底へ沈めてしまえる。
 例えその心が、彼女の姿が見えないだけで死にそうなくらい不安に苛まれているとしても。
 ―――三度の過ちは、許されない。
「ボク、手紙が来てないかどうか見てくるね!」
 いても立ってもいられないと、部屋を飛び出していく詩紋の傍ら、頼久は。
 静かに時を待つ面もちを浮かべつつ、密かに結ばれた拳。
 その拳が、力任せに握り込まれていることなど、一体誰が気づくというのだろう。
 ふと視線を落として床を見つめる頼久の腕に、とん、と天真が肘をぶつけた。
 なんだと、頼久が言葉を返すよりも早く、自分を見ないままに天真は口を開く。
「なんてことねぇよ。すぐにけろりとして戻ってきやがるさ」
「御身がご無事であれば―――それで」
「あぁ、そうだな」
 気づかってくれる友の心遣いさえも、頼久の心には届かなかった。
 肩の力を抜くことも、共に不安に揺れる心を共有し合うことも出来ない。
 他のことならそうでもないだろう。天真の存在は、年端のいかぬ身でありながら頼久の相棒として、友として、ひどく支えにも力にもなる。

 だが彼女を。
 『龍神の神子』たる彼の人を恋しいと思ってしまった日からは。
 己どころか誰からも揺るがすことの出来ない自分が生まれていた。

(何処にいらっしゃるのですか)
 風が、吹く。
(今、何を思っていらっしゃるのですか)
 静かに館の中へ吹き込み、さらさらと髪を揺らした。
(神子殿―――貴女は)
 囚われた呪文のように、繰り返し頼久は心の中で問いかける。
 触れようとすれば消える幻のように、儚い彼女の笑みを思い浮かべて。



 それからしばらくの後。
 友雅の館から火急の文が届き、それからまたしばらく時が流れ。
 笑顔であかねが藤姫の館へと駆け込んでくるまで、頼久はただじっと前を見つめていた。
 それはひどく、決意に充ちた眼差しだった。



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